悪魔のソース・博多んぽん酢を新しい博多の名物にしたい。老人のかなわぬ夢でなく、夢を現実にしてみたい。脳梗塞から三度の生還。ヨレヨレ、ボロボロになりながら、果たせぬ夢を追い続ける男に、強力な助っ人が現れた。平凡だったそれまでの人生が「まさか」の出来事で、がらりと変わる。一度ならまだしも、それが二度も三度も続いた。波乱万丈だが実に、愉快だった。人生の終末期を迎えた今、またもや「まさか」の驚きである。ヒルマン監督ではないけれど、信じられな~いのだ。人生、終わり良ければすべて良しなのだが、それはまだわからない。

  

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2014年06月18日

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2012年07月06日

これまでのことこれからのこと。

 悪魔のソースというブランド名で、ぽん酢やドレッシングを売り始めて30年になる。30年というのは、やっぱり容易ならざる歳月であって、世の中が全部変る中で、悪魔のソースだけ昔のままというのは、いうほうが無理である。
 私たち夫婦は、昭和30年代を、瀬戸内海に面した山口県で過ごした。家内の生家は柳井市で、味噌醤油を商っていた。私は防府市にあった宝酒造に勤めるサラリーマンの家庭に生まれた
 この時代、日本経済は「黄金時代」を迎えていた。高度成長を達成し、大量消費社会が実現した。だが、東海道新幹線と東京オリンピク。ドラマの終わりは不況の始まりでもあった。
 先夜、「ALWAYS 三丁目の夕日」という映画が再映された。東京下町の貧弱な商店街で小説家を夢見る駄菓子屋と、東北から集団就職してきた女子を預かる自動車修理工場に集まる人々の物語である。
 この映画の時代など知るはずのない若い人たちにも絶賛された。今の時代に忘れがちな家族の情愛や、人と人との暖かいつながりが、世代を超え、時代を超えて見る者に訴えかけてきたからだ。同じように再映された高倉健の「幸せの黄色いハンカチ。にも同じことが言える。 
 「志」を立てから久しい。
 社会を支配する正体不明の空気や、組織の力や論理などを超越する信念と哲学。「常識」や「風潮」に惑わされない先見力。自由な発想と公正さを大切に生きたい、のだが。「?」なのである。  


Posted by 吉野父ちゃん at 14:57Comments(0)まさかの人生

2010年08月27日

高校野球から学んだこと

 13-1と大差のついた甲子園決勝。その、大差のワケは?。スポーツライターの柳川悠二さんの分析記事を読んで、改めて、「平常心」の大切さを教えられた。少し長くなるが紹介しよう。

 沖縄・興南の島袋投手の甲子園の夏は、春の選抜優勝後から始まった。
 酷暑での連投に耐えるため、雨合羽をユニホームの下に着込み練習した。本当の敵は相手じゃない。暑さだ。勝負の明暗を分けるのは、炎暑の甲子園での連投に負けない気力と体力作りにある。島袋の戦略だった。200球もの投げ込みを連日行った。

 一方、東海大相模の一二三投手。33年ぶりの夏の大会に出場するのが精一杯な時間を過ごしていた。4月に行われた試合で、相手打者の頭にデッドボールを当てて以来、オーバースローから投げるボールが右方向に抜けてしまう、いわゆるイップス(後遺症)に苦しんでいた。

 5月に沖縄で行われた招待試合で、島袋のフォームにヒントを得てサイドスローに転向したのも、この後遺症から抜け出すため。剛速球を捨ててでも、高校最後の夏を乗り切る為の決断だった。

 マウンドに上がる事だけに苦心した一二三投手と、夏にピークを合わせた島袋投手。両エースが、決勝戦のマウンドにたどり着くまでの差が「13-1」という結果を残したのかもしれない。

 私も今、ソース屋人生最後の仕事に取り組んでいる。吉と出るか凶と出るか。それはまだ解らないが、「もったいない」という名前をつけたカツオのつくだ煮が答えを出してくれるだろう。9月はしばらく入院する。体力と気力の総点検である。

 




  


Posted by 吉野父ちゃん at 07:30Comments(0)まさかの人生

2010年08月23日

社長の私の責任です。

 賞味期限印字ミスによる福岡空港「ANA FESTA」での販売を一時停止していましたが、このほど、全日空商事様の工場立ち入り監査を終え、販売を再開することになりました。
 監査は、支店長以下三名で行われました。博多んぽん酢の製造工程の全てに厳しい目が注がれました。私が感銘したのは、命についての取り組みが真摯に行われていたことです。質問をしメモをとる。疑問な点は「なぜそうするのか」納得するまで聞かれました。小さなミスが大事故につながるからです。

 ミスの原因は、印字プリンターのずれでした。機械のせいにすることは簡単ですが、本当はそれを見逃したヒューマンエラーでした。

 夏休みも間もなく終わります。週末、近くの太宰府西中学校でバザーが開かれました。少しですが、ぽん酢を提供しました。長崎・佐世保から、お父さんと一緒に中学生の娘さんが来られました。若い三人のお嬢さんが来られました。一人は東京からでした。

 クチコミは着実に広がりつつあります。今回の出来事は正に、頂門の一針でした。  


Posted by 吉野父ちゃん at 06:14Comments(0)まさかの人生

2010年06月03日

悪魔のソースの復活なるか

 食品問屋の人が来て、言うことには
 「高級スーパーと生協から、悪魔のソースの引き合いがある。どうでしょう、取引できませんか?」
 消費不況の昨今、嬉しい話だ。
 
 「ああ、いいですとも」
 と即座に応じた。この種の話は、過去何度もあった。実際に取引が成立して、商品が並び始めた。ところが、長続きしなかった。いつの間にやら、消滅したのである。なぜなのか。どんな商品にもつけられるようになった、あのバーコードのためだ。あれで、日々の売上が即座に見えるようになってしまったため、熱烈なフアンがいても、少数でたまにしか売れないようなものは、抹殺されたのだ。
 
 国民皆中流の食生活ができたのは、昭和30年代以降、神武景気という経済成長のステップを踏んでからの事である。インスタント食品が一般化した時代で、極論すれば、インスタントが食品が家庭の味を作ったのだ。これが、日本人をだめにした。

 私が今、手がけているものは図抜けたものではない。昔は、どこの家にもあったものである。それを、時代に合わせて調理法や味付けを変えている。人々の嗜好はどんどん変わっていく。時代に合わせて、一番旨いを提供すれば良い。

 先日のテレビ出演は、改めてそのことを教えてくれた。
 
 
 
   


Posted by 吉野父ちゃん at 07:55Comments(0)まさかの人生

2010年02月09日

続・三度目の正直

 正直の前に「馬鹿」という二文字を加えた方が良かったかもしれない。
 
 その日の夕方になって、賞味期限の日付ロット番号から、当社が使用したヒマワリ油は、酸化防止剤不使用であることが判明した。撤去の決断、早すぎたのである。

 しかし、違反は事実である。幸い、今回は無事故で済んだが、なにかの手違いで、同じような事がまた起こる可能性がある。今ならまだ手を打てる。信用を失うかも知れないが、製造中止にして、芽を摘み取った。ヒマワリ油を菜種油に変えた新しい商品は15日後に出来た。
 
 「意外にあっさりして美味しい」とか「肉との相性いい」「トマトにトマト、抜群ですね」といった感想を聞くようになった。 今年初めての注文は正月二日、トマト三本だった。

 短い間に摘んで良かったなと思う。
 

   


Posted by 吉野父ちゃん at 21:46Comments(0)まさかの人生

2010年02月07日

三度目の正直

 危機は突発的に発生した。

 まだ、オトソ気分が抜けない昨年一月。正午のニュースが、わが社でも、使用を始めたばかりのアルゼンチン産のひまわり油から、食品添加物が検出されたと報じた。全国ニュースが終わり、ローカルニュースに切り替わった途端だった。

 アルゼンチン原産の食用ヒマワリ油(500ml)から、食品添加物「t-ブチルヒドロキノン(TBHQ)」が検出された。日本では、同添加物を含む食品の輸入と販売は認められていない。ただ、この油を一日30本以上摂取しなければ健康被害はない。同様のことは夕刊各紙も報じた。

 ひまわり油は、発売を始めたばかりのトマトドレッシングで使用していた。春から夏にかけての主力商品に育てようとした矢先の出来事だった。福岡大丸、西宮阪急の両百貨店でも発売が始まったばかりだった。ついでに、告白すれば、このトマトドレッシングは10年前までは、全国のデパートに出回っていたが、ある事情で、売り場からはずされていたのである。一旦、定番商品でなくなったものを再度、復活さすには物凄いエネルギーが必要だ。 
 
 阪急、大丸両店では二度目の危機を乗り越えてのデビューであった。今度、なにか問題を起こせば結果は目に見えている。
 
 私は、放送直後、自分から正直に告白。撤去を申し出た。大量摂取しない限り健康被害は無いと解っても、永続的に食べればどうなるのか。人体への影響が少しでもあるなら使用は中止すべきである。安全・安心に対する信念だ。

 私は、品質にうるさい男なので多分、「頑固なおっさんがまたなにか言うとる」ぐらいに思われているらしい。冗談じゃない。使用中止ということは製造中止である。まかり間違えば、会社倒産にも繋がる重大事なのだ。

 トヨタの問題も正直に認めることが先決である。言いわけは見苦しいのだ。
 
   


Posted by 吉野父ちゃん at 16:18Comments(0)まさかの人生

2009年12月15日

癌め。

 福岡の資材屋さんの社長氏、社員とともに来社。業界の動向や売れ筋商品など、いろいろ教えて頂く。

 友人で、悪魔のソースの大フアンだったコラムニストの森 英介さん死去の報。
 昨年6月、東京在住の友人に集まってもらった。彼も、そのうちの一人だった。お互い、いつ死んでも良い年齢になった。これが最後で、再び会うことはないだろう。明日という日は、あるようで無いのだ。葬式にも行かないし、香典のやりとりもしない。風の便りが教えてくれるさ。そう言って、別れたのである。

 11月には、大阪の友人も冥界へ。二人ともガンだった。憎むべき癌め。  


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2007年10月25日

不滅の灯明


月末に予定していた「たまねぎぼうや」の発売を延期することにした。ラベルのデザインも決まり、準備は全て整っていたのだが、どうしても気分が乗らぬのである。迷いを断ち切ったのは、デザイナーの一言だった。

 黄金色のオイル。どうしました? 菜種油のことを聞かれた。

 そうか。万人に好まれる味は必要じゃない。これこそ悪魔だ、と言わせる味じゃないといかん。初心を忘れていた。それを問われたのである。
 
 油を生食する食文化はなかった。日本人と油のかかわりは、灯明に用いた菜種油である。改めてそのことに気づく。開発を始めて7年になる今、比叡山延暦寺の根本中堂、不滅の灯明が目に浮かぶ。
 
   


Posted by 吉野父ちゃん at 08:20Comments(0)まさかの人生

2007年10月11日

福岡農業高校

直線距離で500㍍のところに、福岡農業高校がある。その学校が、梅と取り組んでいるそうだ。

 大宰府市は、梅の名所。史跡で知られる「大宰府政庁跡〔都府楼跡〕」で収穫した梅を使い、全国に知られる「梅ケ枝餅」に続く、新たな特産品づくりに挑戦している。〔西日本新聞〕

 女子生徒を交えた「チーム梅班」八名が、収穫した40㌔の梅を、シロップや味噌、ジャムに加工したそうだ。

 ボクのライフワークの一つに、梅肉とバルサミコ酢の「そうす」づくりがある。日本とイタリアが、それぞれ、世界に誇る伝統の味である。それを融合して、新しい文化を創造したいと考えている。

 近々、生徒さんを訪ねてみるつもりだ。夢は、大きければ大きいほど楽しい。そのことを、語り、実際に,ソースづくりを見せてやりたい。そこから、夢が始まり広がる。  


Posted by 吉野父ちゃん at 06:45Comments(0)まさかの人生

2007年10月05日

ありがとう


 年寄りが身の回りのことができなくなるのは、高齢のせいではない。身体を動かさなくなるからだ。活動的でない老人は、持久力や筋力、バランスをとる力、それに柔軟性という健康と自立に必要な四つの能力が衰える。

 私がそうだ。気持ちだけが前へ前へといくのだ。口だけ達者でも身体の方がついて行かぬ。情けないったらありゃしない。

   私の目標は、介助なしで自力歩行ができること。今のところ、電車やバスを乗り換えて出張して
いるが、しゃくに障るのは、過度の手助け。可愛げのない年寄りだなと思われるだろうが、親切にして頂いたら、精一杯の笑顔で「ありがとう」と言う。

 きょうも、郵便局やバスの中で、何度もありがとうを言った。  


Posted by 吉野父ちゃん at 18:47Comments(0)まさかの人生

2007年07月03日

応援隊


若い女性を中心に、悪魔のソースを支援する動きが広まりつつある。そのひとつが、WEB制作・企画会社のFOREST WEB。リーダーの女性を中心に、三人の女性がお手のものの、ホーームページを立ち上げた。名づけて、「博多んぽん酢応援隊」。

 彼女たち、しばしば訪れる。製造の様子を覗き見る。出来立てを試食する。三度に一回は、分量外のソースやドレッシングをお土産に差し上げる。ホテルやレストラン向けの商品である。原料を厳選すると言うが、厳選の中味は。手間ひまかけた手作りの正体は?。全てを見て知った。美味しさは、舌が覚えた。

 家族や友達に、食べさせたい。素直な感情である。気持ちが実って、お中元商品が誕生した。ラベルは、彼女たちの手づくりである。

 同じような動きが、久留米市でもある。栽培体験を通じ、命の大切さを学ぶ「ファーマーズスタジオ」である。彼女たちのコンセプトも明快だ。自分たちが認めない商品は人様に、薦めれないという。こちらも、ラベルを製作中である。

 ちなみに、どちらも、先ごろの「食育祭」で悪魔のソースの喧伝に勤めて頂いた。共通した理念でつながる者同士に、言葉は不要である。

  


Posted by 吉野父ちゃん at 11:54Comments(0)まさかの人生

2007年07月02日

50肩


 このところ、家人の機嫌が悪い。ソフトバンクの戦いぶりが、ふがいないというか、元気がないからである。真正面からボールに喰らいついていく気概が感じられないのである。野球を知らないボクでも
打つべき時に、打つべき人が打たないからである。

 50肩になった。70を過ぎても50肩と言うのだろうか。予告なし。急に腕が痛くなって、肩から上に上がらないのだ。情けないったらありゃしない。  


Posted by 吉野父ちゃん at 20:07Comments(0)まさかの人生

2007年05月10日

免許証返納


5月10日〔木〕 晴 136-71

 運転免許証を返納することにした。脳梗塞の後遺症があちこちにある。アクセルとブレーキの操作をする右足の動きが悪い。ブレーキを踏むことは出来るが、とっさの場合、ブレーキペタルに足がかかるのが1秒か2秒は遅れる。イザという時、間に合わないだろう。可愛い子供をひき殺してしまうかも知れない。クワバラクハバラ。それよりなにより、車なしの生活が快適なことに気づいた。つつがなく病院生活を終え、無事にシャバの空気を吸って、蘇える思いなのだ。事故は「アッと思う間もなく」起こるのは、ごく当然のこと。まさかこんなことになるなんて。嘆いても始まらないのである。  


Posted by 吉野父ちゃん at 20:14Comments(0)まさかの人生

2007年01月24日

体験的ダイエット論・その3

 リハビリ治療を終えて帰ったところです。
 昨日、紹介した藤野先生の文庫本を目ざとく見つけた看護師さん、
 「わ~っ、ダイエットやて。やせられるって本当かしら」

 君たち、藤野理論、知らないの。この病院、脳卒中患者のリハビリ専門でしょう。
 肥満と脳疲労。実は、大いに関係アリなのだがね。

 藤野理論というのは、肥満は「脳疲労」から生まれる。「脳疲労」を解消すれば、「肥満」は治るというものです。肥満は、生活習慣病と同じメカニズムで起きます。糖尿病とか高血圧症などの基本治療が肥満解消のキーポイントです。
 
 肥満は病気というよりも、美容上の問題としてとらえる女性が多いようですが、それは間違い。お腹に脂肪がつくのは、病気です。もし、真剣にやせたいと考えるなら、まず、本を買って読んでください。ダイエットが成功するかしないか、その理論や方法を知ることから始まります。

 ◎和食中心の食事に切り替える。
 ◎一日一快食。愉快に食べる。
 ◎ダイエット中の間食もOK。
 ◎キレる子供にも有効。

 どこのダイエット書にも出ている内容ですが、違うんだよ。つらい食事制限、きつい運動なんてないし、失敗しては繰り返すリバウンドに悩まなくていい。

 女性というより、一家の大黒柱である男性諸君に読んで欲しいのです。

 1月23日 晴 血圧 137/78

朝食   ご飯 味噌汁、大根おろし、かつおぶしつくだに
昼     ご飯 味噌汁 はりはり漬、ジョナゴールド
夜    ご飯 なんでも汁 きゅうり、わかめ、ちりめんじゃこの酢のもの、芽ひじきと大豆の煮物、
      高野豆腐ふくめ煮、日本酒一合
おやつ  さつまいも蒸しパン、コーヒー

  


Posted by 吉野父ちゃん at 15:56Comments(2)まさかの人生

2006年11月17日

東京進出②

 
 目標は東京でしたが、行ったのは、東京ではなく鹿児島でした。

 鹿児島に三越百貨店が出来ると聞いたからです。いきなり東京じゃなく、福岡から逆方向の鹿児島へ行ったのは「急がば回れ」です。鹿児島でしっかり力をつければ、黙っていても東京の方から、近づいてくると思ったからです。

 鹿児島には山形屋という大きなデパートがあります。売り場面積や品揃で、文字通り地域一番店です。三越としては、地方では手に入りにくい老舗の商品や、有名ブランドなど、サンショは小粒でもぴりりと辛いでなければ太刀打ちできません。

 食品部長は、東京の三越からの出向者でした。アポイントもとらず、いきなり訪ねました。取り引きしたいことを率直にいいました。即決でした。取り引き申請書と注文を一緒に頂きました。

 百貨店の取引先というのは、上司からの紹介や、長年の付き合いといった人間関係によるところが結構多いのですが、知人はおろかコネクションもありませんでした。私のとった行動の多くは、ヒンシュクを買いました。今、思い出しても冷や汗が出ます。〔続く〕  


Posted by 吉野父ちゃん at 14:35Comments(1)まさかの人生

2006年11月16日

東京進出①


 十年一昔と言いますが、二昔前の昭和50年代全般はまだ、ドレッシングやぽん酢といった商品自体が珍しい時代でした。
 福岡・天神の博多大丸百貨店に登場した悪魔のソースは、たちまち評判になりました。

 およそ、食べ物として似つかわしくない強烈なネーミングでしたが、お客の目の前でかつお節を炊いてダシをとる。大根をすって大根おろしにする。それを、みじん切りした生姜と混ぜる。すべての原材料を見せながら目の前でつくるオープンキッチン。

 「手づくりというのは、本当だよ」
 クチコミによるうわさはうわさを呼びました。サンデー毎日が、グラビヤページで紹介してくれました。

   


Posted by 吉野父ちゃん at 15:18Comments(4)まさかの人生

2006年11月13日

はじめに・・・・トンコロリ

 大病をされたのに、お元気なのはなぜですかと聞かれます。それは、ストレスとうまくつきあうことですと答えます。くよくよせずに、よく食べ、よく働き、よく眠ることです。 病は気から、と言います。本当です。

 脳卒中で最初に倒れたのは、平成11年3月でした。鹿児島へ向かう高速道路を、時速100㌔で走行中でした。一過性の軽いもので10日間で退院しました。二回目が15年3月、頭の動脈が詰まり、血液が流れなくなりました。三回目は16年2月でした。今度は、血管が切れました。

 俗に脳卒中と言われるのは、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血、一過性脳虚血性発作のことです。わかりやすく言えば、脳の血管が詰まるか、破れるか、ふさがれるかによって起こる脳の病気の総称です。

 病気の原因は、イロイロありましたが、起こってしまったことを憂いても仕方ありません。しかし、毎日の健康状態をキチンと把握、予防する事は非常に大切です。なかでも食べ物が一番、大事です。
その、食べることを中心にブログを書きます。
 
 
 最近、悪魔のソースに応援隊ができました。
 いい機会なので、近況をご報告します。相変わらず、手仕事の域を脱していません。私たちのように、自宅を兼ねた小さな工場で細々とモノづくりをする人が少なくなりましたが、私たちは今の、やり方が食品作りに一番、相応しいと思います。

 今は、自分たちでつくるのではなく、中国や韓国などアジア諸国でものがつくられる時代です。自分でモノをつくるという喜びや、感動はありません。安い人件費でつくったものを、どのようにして売るればよいか。つくる技術より売る技術が優先されます。

 ある経営者からお便りを頂きました。
 「博多んぽん酢」は、世の中に有用な独自固有の技術商品で、新価値で値が通る売り方ができます。つくる技術が優秀でもマーケテングが不得手でしょう。今こそ、経営基本にもどり・・・・と、ありました。

 ものづくりは他人〔他社〕との競争ではありません。悪魔のソースには、一定の製造基準やモノサシがあります。それに合致するものが出来たかどうか。いつうも、自分との戦いなのです。自分が納得するものができればいいのです。昨日より今日の方が、少しでも良くなっていれば嬉しい。この、喜びや感動があるからこそ、続けてこれたのです。でも、家人の一言、これはきつかった。

 今度は、トンコロリでお願いネ。

 
   


Posted by 吉野父ちゃん at 18:23Comments(3)まさかの人生

2005年04月20日

平兵衛酢が血管をきれいにしてくれたようです

 年をとると、血管の内側にコレステロールが溜まる。そのため血管が細くなり、それを知らずに心臓がグイグイ血液を押し出せば、血圧が上がるのは自然の道理です。こうしたことを繰り返すと、終には血管が耐え切れなくなって破れてボクのように脳梗塞になります。

 退院後一年がすぎましたが、血圧も130-70ぐらいで安定しました。降圧剤のコントロールがうまく行っているようですが、「博多んぽん酢」の平兵衛酢の力も大きいようです。

 豊富に含まれたビタミンCが、細胞内の隅々まで行き渡り、血管をきれいに掃除してくれるからです。

 平兵衛酢の酸味は刺激が少なくまろやかな味なので、普通の食酢より多目に摂取できる点も良かったようです。日常の食事の一端をご紹介します

●ゆでたほうれん草、さやえんどう、かぶの葉、小松菜、春菊、菜の花など。
小分けして冷凍したものをソテーしたりナマで。

● ハンバーグ、豚しょうが焼き、チキン照り焼きして冷凍したもの。
レンジで解凍し、冷凍の根野菜と一緒に。

● 豆腐サラダ。木綿でも絹ごしでもお好みで。
フキンにくるんでギューッとしぼり潰す。
トマト、キュウリ、レタスなど野菜はあるものを。
ポテトチップをまぜるとパリパリして孫が喜ぶ。

● 青魚の刺身サラダ。
今はカツオが旬。血合いのところは必ず食べる。



 常時あるのはこんなところですが、問題は塩分過多にならないようにすること。ぽん酢には当然、醤油の塩分があります。かけすぎないよう薄味にして食べる習慣をつけることが大切です。

 薄味の物足りなさをカバーしてくれるのが温度と香りと辛味の三つです。肉類はしゃぶしゃぶを除き、熱々を。サラダや冷奴などはキリキリに冷やすと、薄くても美味しく感じます。温度も味のうちですし、唐辛子や豆板醤の辛味もそうです。

                ×××××

 もっと美味しく、健康に食べて頂くため、12月から「赤い大根」を使用します。女山(おんなやま)大根という品種の赤紫色の大根で、佐賀県多久市の在来種ですが、絶滅が心配されていました。

 何度も産地を訪ね、農家の皆さんにお願いしていましたが、栽培復活に向け農家の人たちが動きはじめ、絶滅の危機を乗り越えられそうです。後日、改めてご報告しますが、平兵衛酢にも新たな動きがあります。ご期待ください。  


Posted by 吉野父ちゃん at 09:00Comments(0)まさかの人生

2005年03月19日

どうやら、トマトに出番が来たようだ!

 21年前のことでした。福岡の大丸百貨店に「悪魔のソース」というネーミングのソースの専門店を出したばかりの私の前に大男が現れた。どう見たってタダモノではありません。体中から精気が溢れている。自信満々の面構えなのです。ギョッとする私へ

 「なんだ、なんだ、此れ。トマトのドレッシングだろう。それが、なぜ悪魔なの?」

 なんて言って、一人ご機嫌な人は、三越百貨店の重役を辞めて、銀座に開店するプランタンデパートの総指揮官に就任したTさんでした。

 普通、デパートと取引する場合、取引申請書のほか、会社の決算書や登記簿謄本など面倒な書類が必要なのだが、わずか10分の立ち話で取引が決まりました。

 嬉しかったね。銀座だよ。さあ、これからだ。その時は心底、そう思いました。ところが、落とし穴があったのです。商品を入れる冷蔵庫がありませんでした。

 仕方がないので、四角の小さな冷蔵庫で、牛乳と一緒に並べて売ったのですが、これでは売れる訳がない。仕入れたものの「まさかナマもの」とは思わなかったというから、お粗末な話です。

 以後、あちこちで売りましたが、サッパリ売れません。仕方がないので、業務用は製造するが、一般小売用は製造休止にしました。

 そのトマトが息を吹き返しました。ぽん酢を買って頂いたお客様には、業務用で余分が出たソースをオマケにつけていますが、好評なのがトマトです。暖かくなったせいでしょうか、トマトの注文が増えたのです。

 神戸のデパートに、ドイツの食肉マイスターのお店があります。このお店でサラダを買っている者だが、トマトのドレッシングを分けて欲しいという電話がありました。容器も大きいし、量的な制約があります。それに第一、お店に無断でお売りすることは出来ない旨をお話し、丁重にお断りしました。

「それは良く分かります。そう言われるのは当然です。お店の人も簡単に製造元の名前や電話番号を教えてくれたのではありません。私たちの熱意に負けて、わがままを聞いていただいたのです。」

「お客さん、ちょっとお聞きしますが、今、私たち、そう言われましたね。お一人じゃないのですね。」

「六人でグループ買いします。友達に声かけすれば、10人や20人はすぐ集合ですわ」

 これとは別に、京都からは23本の注文がありました。私2本、ウチは人数少ないから1本、食べ盛りがいるから3本貰おうか。手にとるように会話が想像できます

 化学調味料の取り過ぎで、舌の表面にある味覚芽が失われ、何も味を感じない病気が若者を中心に増えている。この味、分かる人には分かってもらえるな。博多んぽん酢と同じように、どうやら、トマトにも出番が来たようだ。

 3月25日で、創業25周年を迎えます。いいものを正直価格で。当たり前のことを当たり前につくりたい。日々の積み重ねで、支えて頂いたお礼に代えたい。



「この度は沢山のご注文を頂きまして誠にありがとうございました。トマトドレッシングは、以前から京都のお客様には沢山、お買い上げを頂いております。老舗のご年配の方から若い方と嬉しいことです。また、神戸にも お客様が沢山、いらして下さって感謝しています。博多んぽん酢は、鍋以外にもいろいろ利用でき、美味しいと大変、好評を頂いています。今後ともよろしくお願いいたします」

 納品書を入れた封筒の表に家内の走り書きがありました。  


Posted by 吉野父ちゃん at 08:00Comments(0)まさかの人生