悪魔のソース・博多んぽん酢を新しい博多の名物にしたい。老人のかなわぬ夢でなく、夢を現実にしてみたい。脳梗塞から三度の生還。ヨレヨレ、ボロボロになりながら、果たせぬ夢を追い続ける男に、強力な助っ人が現れた。平凡だったそれまでの人生が「まさか」の出来事で、がらりと変わる。一度ならまだしも、それが二度も三度も続いた。波乱万丈だが実に、愉快だった。人生の終末期を迎えた今、またもや「まさか」の驚きである。ヒルマン監督ではないけれど、信じられな~いのだ。人生、終わり良ければすべて良しなのだが、それはまだわからない。

  

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2011年08月26日

新商品登場です。

 かつては身近に豊富にあった美味しいものが、いつの間にか貴重品になりつつあります。
 柑橘ミカンの代表ともいえる柚子もその一つです。九州は柚子農家も多く、一大産地を形成しています。なかでも、大分県は、かぼすと柚子で有名です。
 今ここで、味覚の原点ともいえる食材に光をあてなければとの強い思いがありました。子供を含めた消費者に伝統的な味を伝えていく事も大切に思えました。小理屈をいうようですが、わかりやすく言えば、博多という地域の特性を生かし、新鮮で美味しく、あれこれ便利に使えるものを作りたいと考えました。
 こうして生まれたのが、「博多んぽん酢」でした。宮崎県日向市の「平兵衛酢(へべす)」が評判高く、フアンがふえました。
 もう一つ、願いがありました。「ゆとり」の復活です。家族別々に食事をする<孤食>や、同じ食卓を囲んでも違うものを食べる<個食>など、健康な食卓が失われました。スローフードという言葉があります。なにか特別な食べ物や食べ方があるように聞こえますが要は、家族そろって仲良く、和やかに食べるということです。
 
 こうして新しく生まれたのが、<辛・博多んぽん酢>です。ホームページをご覧ください。
    


Posted by 吉野父ちゃん at 22:16Comments(0)そうす亭日乗

2011年07月27日

シリシリ

 ここ数日、朝晩しのぎやすい。早朝、庭に出ました。セミの大合唱に誘われたのです。夜露に濡れた雑草が素足に心地よい。日が昇り始める前の10分そこら、一時の清涼感です。
 ご飯に味噌汁が朝の定番ですが、最近では、パンを食べるようになりました。本日も厚切りトーストを、昨夜の残りのゴーヤチャンプルで頂きました。ゴーヤといえば昔、沖縄で食べた<シリシリ>を思いだしました。ゴーヤを丸ごとすりおろし、リンゴも同様にして、レモンと蜂蜜で味を調えたものです。その驚くほどの清涼感。あの苦味はどこに行ったのやら。忘れ得ぬ味です。
 8時、迎えのバスでリハビリ病院へ。右と左の両マヒで障害一級。「身体障害者手帳」の持ち主で介護保険のお世話になっています。
 午後は自室に籠もって、子母澤寛の勝海舟(全三巻)の再読を始めました。30歳代の壮年に読んだのと違い
坂本竜馬や西郷隆盛、土方歳三といった登場人物が身近に感じられました。
 このところ訃報が続きます。先日も、小学の同級生が旅立ちました。憎っくき癌め、でした。  


Posted by 吉野父ちゃん at 11:30Comments(0)そうす亭日乗

2011年07月02日

東北復興の願い

 福島県伊達市の顧客より注文があつた。東北地方があんな風になって、無事をお祈りしていたお一人である。新聞で福島原発事故で被爆線量が越えた伊達市の4地点が、政府から「ホットスポット」に指定されたという記事に接した直後。Aさん宅と指定された4地点とは離れていたが、避難の判断は住民に委ねられているという。つらい決断を迫られるその日が来ぬことを祈るや切。
                  ×   ×   ×
 
 夏といえば各地で祇園祭りが始まる。福岡でも、博多祇園山笠が始まった。北九州市では小倉祇園太鼓の打ち初めがあった。東北地方復興の願いを込めた子供みこしが登場するのも今年の特徴。仙台藩主・伊達正宗の飾り山が博多の町を駆け抜ける。博多は祭り一色である。

                  ×   ×   ×

 ここ数年、鰹節の佃煮を作り続けている。今年は新たに出汁をやる。佃煮と同様、売り物ではない。顧客から、あれがなければそうめんが食べられないと言われたからだ。
 博多阪急百貨店がオープン後90日余り。客離れが続いた天神地区に優良顧客が戻り始めたようだ。本来、百貨店というのは、ゆったりした雰囲気のもとスロペースの買い物を楽しむところなのだ。  


Posted by 吉野父ちゃん at 11:19Comments(0)そうす亭日乗

2011年04月28日

震災から49日

 東日本があんな風になって49日。
 
 新しい博多駅ができ、九州新幹線が全線開業した。鹿児島まで一時間十分しかかからない。便利になったものだ。だが、16年前の阪神大震災の際に反省したはずなのに、月日がたつにつれ、資源には限りがあることや有難いという気持が薄れていたもう一人の自分がいることに改めて気付かされた。一時間十分は、神を恐れざる仕業のように思えるのだ。水や電気を自由に使え、賞味期限切れの食べ物が相変わらず廃棄処分される。この差を思うと、なんともやるせない。

 明日からゴールデンウイークが始まる。
   


Posted by 吉野父ちゃん at 17:47Comments(0)そうす亭日乗

2011年04月03日

浮御堂で思ったこと。

 琵琶湖に浮かぶ「堅田の浮御堂」の先代住職夫人から電話をもらった。用というのは、昔あったオニオンソースは今でもあるかという問い合わせだった。オニオンソースというのは、文字通りたまねぎを煮込んだお肉のソースで、フランス料理の基本のソースの一つ。創業時の主力商品として位置づけていたのだが、腐りやすくて日持ちしにくいのが難点で、いつの間にか姿が消えた。浮御堂夫人の電話は、今では幻の味となったあのソースの復活を願うものであった。
 数日が過ぎた土曜日の早朝。テレビの、みのもんたを見ていたら、岩見隆夫さんが出ていてこの電話のことを思いだした。岩見さんとは同郷同窓の友人で、ともに薫陶を受けた先輩を偲ぶ会が大阪で開かれた機会に二人で琵琶湖を周遊した。一昨年春のことだ。JR大津駅で降り、タクシーで湖の西岸を三十分も走ると浮御堂に着く。この一帯は、渡り鳥の雁が舞い降りるので「堅田の落雁」の別名があり、近江八景の一つとして知られる。境内の樹齢六百年という老松と、琵琶湖の眺望がなんとも素晴らしい禅寺だ。
 調味料を作る立場になって、しみじみ感じるのだが、皆さんの「美味しい」という一言が嬉しくて、毎日、たまねぎの皮をむいたり、大根をおろしている。手をかければかけただけ、思いを込めれば込めただけ美味しくなるような気がする。
 「美味しい」と感じる心の動きは、ひとりひとりに異なり、時とともに移ろう、あいまいで捉えどころのないものです。そんな感覚を追い求め、だれかの「美味しい」を本気で満たそうと思ったら、人生をかけるぐらいの覚悟と長い時間が必要なように思える。  


Posted by 吉野父ちゃん at 08:44Comments(0)そうす亭日乗

2011年02月17日

博多阪急と取引開始

 九州新幹線全線開通を前に、三日に新装オープンする「博多阪急百貨店」で、悪魔のソースが、定番商品として販売されることになりました。

 売り場は地下1階のグロッサリーコーナーで、博多んぽん酢、トマトドレッシング、たまねぎぼうやの三種類です。このうち、たまねぎぼうやは、和風醤油味の万能ソースです。(200ml、税込590円)。これまで、通信販売専用として販売していました。また、「博多んぽん酢」は博多土産のほか、冠婚葬祭、記念品、ゴルフ景品など、小口ギフトに対応すべく準備中です。

 「量を売るより質を売る」というのが、創業時からののコンセプトです。初心を忘れたことはありませんでしたが、それを可能にしたのは、お客様の無言の励ましでした。ありがとうございました。  


Posted by 吉野父ちゃん at 11:56Comments(0)そうす亭日乗

2011年01月25日

寝るのが仕事

 非常に体調が悪い。30何年かぶりの寒さが続いているのだから、こりゃたまらん。
 加えて、昨年夏の異常な暑さで、調子が悪い状態が続いていた。鉄板の上で焼かれたと思ったら、今度はいきなり冷凍庫でしょう。なにもしたくない。それで、日中は眠り呆けて、昼夜が逆転してしまった。今は、暖房のきいた部屋でぬくぬくと寝るのが仕事だ。  


Posted by 吉野父ちゃん at 12:07Comments(1)そうす亭日乗

2011年01月18日

魁皇あと一番

 脳卒中の後遺症に苦しむ者に寒さは大敵だ。特に怖いのが朝のトイレ。氷点下の気温になることは滅多にないが、ここ数日はそれが続いている。急激な温度変化やいきみなどは、血圧の急上昇につながる。この時期、救急車が忙しいのは大抵がこれだ。

 松の内が過ぎると忙しくなるのに今年はどうだ。電話もファックスもピリッともしない。
 危険因子のコントロールと、発作のきっかけをなくすことに留意する一日だった。魁皇7勝目。勝ち越しまであと一番。この人の努力には本当に頭がさがる。  


Posted by 吉野父ちゃん at 17:48Comments(1)そうす亭日乗

2011年01月17日

お値打ち品

 キャリアウマーンというと、なんとなく一般のOLよりも、一段格が上がったように聞こえるが、専門職についている女性をさすそうで、3月にオープンする「博多阪急百貨店」がターゲットにするのもこの層だそうだ。

 先般、所要があって博多駅へ。ついでにトイレを利用させてもらったのだが、これがなんともはや。お世辞にも、気持良いとは言い難かった。デパートや映画館のトイレなんかでもそうだけど、早くあきそうなところを狙って並んでいても、隣の方が先にあくと悔しい気がする。

 銀行のキャッシュカード・サービスに行ったら機械の前の空間にロープが張られていて、自然と一列に行列するようになっていた。機械の前に何列も行列するのではなく、一列に並んでいて機械があいたら順番にそこへ行く方式。こういうこと、意外に大事ですよ。

 年賀状を頂いた。 「今年もお値打ち品、作り続けてください」。こう書かれていた。
 お買い得品とお値打ち品は違います。「お買い得品」は、値段相応の品物を指し、「お値打ち品」とは、値段以上の価値のあるものをいいます。

 有難うございました。初心を忘れず努力します。  


Posted by 吉野父ちゃん at 16:34Comments(0)そうす亭日乗

2010年11月29日

鍋が美味しくなりました。

 晩秋から初冬にかけての今の季節、鍋が美味しくなった。

 福岡空港での、博多んぽん酢の動きが良くなってきた。問い合わせも増えている。週末、京都府綾部市からの電話は、「月に一度、九州へ出張する息子に買って貰うのだが、機内持ち込みでは沢山買えない。何本なら送って貰えますか」。

 海外へのお土産にしたいという相談も多い。これまでにも、ガーナ、エチオピア、チリ、ブラジルなど遠隔地へ、機内持ち込み手荷物として運ばれた。懐かしい故国の味に涙したそうだ。物流の発達で今や、地球の裏側まで数日で届く。

 食の世界に、国境はない。日本人に日本を食べて貰いたいのだ。

   


Posted by 吉野父ちゃん at 16:20Comments(0)そうす亭日乗

2010年10月26日

お客様は神様

 足腰の筋肉が衰えて、歩くのがやっとだ。一歩一歩摺り足で歩くのでつま先が引っかかる。常に転倒の危険性がある。今、一番怖いのは転倒して寝たきり老人になることだ。そうなると哀れなもので、筋肉が固まって、廃用症候群といわれる心身の機能の低下を招くことになる。家の中でもステッキがたよりで、高知の日曜市に行った時にも三度ばかり転んだ。骨折こそせずに済んだものの擦り傷があちこちにある。こういう状態だから出掛けるのがつい億劫になる。

 大阪の毎日放送から電話があった。視聴者が普段、食べているぽん酢をスタジオに持ってきてもらうという番組なのですが、その中に、「博多んぽん酢」を持ってきた人がおられました。急な話ですが、商品の紹介を許してもらえませんか。実は収録済みでして、放送は今週金曜日ですが・・・・。良いも悪いもない。どこのどなたか知らないが、有難いお客様だ。

 東京都町田市から初めてのお客様。
 「友達が、近所に旨いぽん酢があると送ってきてから、たちまちフアンに。何度か頼んで送って貰ったがどうしてもお金をとって貰えない。それで直接お願いすることにしました。」
 有難いお客様は、200メートル先に住んで居られる方だった。
 
 来月から、通所リハビリのサービスを受けることにした。週3回、朝8時に迎えのバスで病院へ。半日を筋トレ体操、ゲームなどで過ごすことになる。若い女性の知人で不老さんという人がいる。ネット関連の仕事をしておられるのだが、溌剌、聡明。このように、不老で長く生きられるなら話は別だが、老いだけが残って、ただ長生きするというのは御断りだ。  


Posted by 吉野父ちゃん at 10:54Comments(0)そうす亭日乗

2010年09月10日

博多んぽん酢応援隊へ

 本日より、応援隊との交流の様子を公開します。
 9・8日、博多んぽん酢第2弾の発売について、応援隊の皆さまの意見を聞かせて頂きました。その会議を終えてからのメールのやりとりを中心に、様々な情報を公表します。

◆もったいない佃煮について

 「もったいないおかか」はあくまでも副産物という視点が大切。あまり高いと商業的な香りがして良くない。お金を出してでも買いたいという人は絶対いる。(N応援隊長・パソコン関連会社経営・主婦)

 カツオ節の美味しさを伝える為の手段として考えるべき。容器、包装、ガス代など経費が出れば良い。
まあ、損しない程度にするのが肝心ですね。会議終了後、3人が来られました。3人とも両方の手に持ち切れないほど買われたので、尋ねたところ、23人分でした。もったいないを知っている人もいて大喜びされました。

◆「時代を創る 500人の改革者たち」の取材申し込みがありました。近く、東京から取材に来られるようで
  す。実際にオンエアになるのか、制作会議での審査を経てからという事です。

◆新発売する「博多んぽん酢」第2弾のネーミングですが、猫にカツオ節の評判は今イチでした。カツオ節のあとに、ぽん酢に小判と続くのですが・・・。家中、聞く耳持たぬという雰囲気でした。

◆初めて会議に参加した福岡県小郡市の主婦Kさんから「楽しかった」とメールがありました。  


Posted by 吉野父ちゃん at 15:14Comments(0)そうす亭日乗

2010年08月08日

寝言は言わないで。

 余りにも暑さが続くので、今年は墓参のための帰郷は中止することにした。家庭サービスというとおかしいが、家内を労うにはどうすればいいか考えた。高速道路も新幹線も満員である。これでは。疲れに行くようなものである。北海道が、沖縄より暑いのだからどうしようもない。

 日曜なのにFAXが続けて入る。盆休みを見越しての注文である。宮崎のスパー二店からも。こちらの方は、いずれも新規取引の新店である。先日来、こだわりスーパーとの取引が増えている。お客さんからの要望ですというところが、いくつかある。このぶんだと蔵が建つなと言ったら、家内から「寝言は寝てからにしてください」と叱られた。

 帰省客が増える夏休みや正月は、はるばる訪ねてくれる人がいる。あの顔、この顔。懐かしい人は今年も来るだろうか。  


Posted by 吉野父ちゃん at 17:35Comments(0)そうす亭日乗

2010年08月05日

酷暑が続き元気です。

 酷暑が続くにつれ、ぽん酢が売れるようになった。
 
 創業当時には考えられぬことだった。ぽん酢醤油の使い方を知らなかった人が、夏こそぽん酢の出番であることに気づいたのである。

 手前味噌だが、焼き肉やギョーザといったスタミナ食を、サッパリ食べて貰おうという地道な活動も良かったが、「悪魔のソース応援隊」の面々が、自分たちのホームページ上で、食べ方の提案を写真とともに紹介してくれた。 商品の存在そのものを、広く知らせる効果を生んだ。

 どんな料理にもマッチするという、商品特性も浸透しつつある。焼き豆腐、さんまのホイル焼き、キャベツのせん切りツナサラダなど、なんでもないものが、意外な美味しいというビックリ感や驚き。ギフトも好調である。テレビ番組の製作会社が、タレントのお土産に使ってくれるようになった。

 またか、と言われそうだが、当たり前のことを当たり前にすることの大切さを教えられた。それにしても、熱い一日だった。  


Posted by 吉野父ちゃん at 19:17Comments(0)そうす亭日乗

2010年08月03日

北野エースと取引開始。

 暑い日が続く。汗をかくと、血液中の塩分や水分が失われ、たとえ室内にいても熱中症になる恐れがあるという。水分補給を忘れずに、一日2リットルは飲むように言われている。酷暑日だった先日、突然現れた入院時の主治医からも注意されたばかりだ。

 関西を中心に、首都圏に高級スーパーを積極的に出店している「北野エース」(兵庫県尼崎市)の九州進出二店で「博多んぽん酢」の販売が始まる。九州一号店は旧鹿児島三越跡の鹿児島マルヤガーデンズ。もう一店は福岡市天神の福岡パルコ店。両店とも生鮮、デリカと連動する従来型商品を中心に、本格的なグロッサリー売り場を提案する都心立地型の店舗。コンセプトは、「生活提案型グロッサリーショップ」だが、ひらたくいえば、「ワンランク上の商品」を取り揃えていますということ。

 「とりに行くのが夜になりますが、大丈夫でしょうか?」。
 お気づかいはご無用です。何時でも結構ですよ。と、言ったものの夕方、早めに来て頂きほっとする。
 「うちの会社、全員が悪魔のソースの大フアンです。食堂には会社が用意してくれたぽん酢、トマト、たまねぎの三点セットが何時でもあります。今日のは、個人用。近くに住んでる私が買いにきました」
 時々だが、まとめ買いされるお客様なので気になる存在だった。失礼で厚かましいと思ったが、社員全員にモニターになってもらえないかお願いしてみた。
 「皆、喜びますよ。社長にも報告します。」
 
 社名も社長さんにも、心当たりはない。ありがたいお客様である。悪魔め、幸せ者である。  


Posted by 吉野父ちゃん at 21:46Comments(0)そうす亭日乗

2010年06月25日

悪魔のソースは健在です。

 しばらくブログを休んでいたので、最近の出来事を報告します。
 
 鹿児島へ行ってきました。鹿児島三越が撤退して一年近く、地元の不動産会社が商業ビルをオープンさせたのでそれを見学するのが目的。地下の食品売り場には、関西を中心に首都圏にも出店を加速させる高級スーパ-の九州一号店があった。二号店は、激戦が続く福岡天神にオープーンした。両店とも、コンビニを少し大きくした程度だが、商品の一つ一つが良く吟味されたものばかり。「さすがだな」と、久しぶり思った。来年三月には、九州新幹線が全線開通。博多~鹿児島が一時間半で結ばれる。桜島の爆発は活発で、昨年の爆発回数をすでに上回ったそうだ。
 城山観光ホテルを訪ねる。取引の窓口である購買課で人事異動があったのでご挨拶。料理長ともゆっくり話が出来たのはなによりの収穫だった。宴会料理に使うソースについて、具体的な要望を聴かせてもらう。

 福岡市や北九州市のこだわりスーパーから、取引依頼の要望がいくつかある。
 いずれも「お客様のご要望で・・・」というもの。そのうちの一つ、博多港のベーサイドプレスで昨日から博多んぽん酢の発売が始まった。韓国と福岡を結ぶ大型フェリーや、壱岐・対馬への高速船など海の玄関口である。
 空の玄関口である福岡空港も好調である。全日空商事の売店の片隅に置いてもらうようになって一年。一日に二本とか三本とかだが、着実に売れている。一本を笑ってはいけないのである。

 先日はこういうことがあった。
 トマトドレッシングが一本というメール注文があった。一本だけというのは、荷姿の関係で送りづらい。二本にして頂けませんかというのがこちらのお願い。発注メールを手掛かりに電話した相手は、香辛料メーカーの開発本部本部だった。
 「うちでもトマトドレをやることになりまして、分析用にお願いしました」だって。
 同じようなことは前にもあった。こちらの方は、食品・健康の総合大メーカー。ラベルがなければ、どっちがどっちなのか解らない出来栄えにビックリした。
 一つの提案だが、銘々、自慢の一本を持ち寄り共同販売してみたら。一番喜ぶのは消費者ですよ。

 先日のテレビ放送は本当に有難いものだった。私たち夫婦の歩んで来た道、これから進むべき道を示してくれた。ありがとうございました。  


Posted by 吉野父ちゃん at 11:06Comments(0)そうす亭日乗

2010年05月14日

今日感テレビ出演

 テレビの取材にひっぱり出され、夫婦で太宰府天満宮へお参りした。
 修学旅行のシーズンまっただ中。大勢の人で賑っていたが、ひときわ目についたのが中国からの観光客だった。ガイドに聞くと、豪華客船で博多港へ。買い物ツアーと観光組に別れた、博多滞在六時間のあわただしい旅だそうな。

 船の旅は、最高の贅沢だろう。何時だったか、船会社の重役をしている友人のKさんが、その会社の名物になっているドライカレーを送ってくれた。中国の人を見てふと、Kさんを懐かしく思った。
 と、タイミングを推し量ったように電話が差し出された。テレビ局がKさんに電話出演を依頼していたのだった。

 悪魔のソースというネーミングの名付け親はKさんである。そのKさんというのは、オウム事件のさなかに狙撃され、奇跡的に生還した国松孝次元警察庁長官。新聞記者からソースの世界へ転身して以来の付き合いが続いている。

 そのくだりは、RKB毎日放送の「今日感テレビ」で18日に放送される。売れているとか美味しいじゃなく、一筋の道を歩み続ける夫婦の今を伝える番組にしたい。番組スタッフの熱い思いが20分に詰まっている。国松さんだけではない。てんきち母さんや悪魔のソース応援隊も登場するそうだ。

 多くの人に支えられて今日があるのだが、そこらあたりを感じ取って頂ければありがたいのですが。  


Posted by 吉野父ちゃん at 10:49Comments(0)そうす亭日乗

2010年05月09日

骨が折れる。

 みのもんたの朝ズパに畏友・岩見隆夫さんが出ていた。オヤと思ったのは右足のギブス。生涯一記者の人間だから、傍目で見るほど楽な仕事ではないだろう。それにしても、本当に骨まで折ってしまった。

 福岡市近郊の里山に暮らすW君来る。こちらも、骨折してギブスが外れたばかり。タヌキやイノシシと暮らす暮らす様子を羨ましく聞く。夜になって、耳鼻科を廃業したY君から電話。こちらも、なにやらややこしい病気で、歩くのがやっととか。皆棺桶に片足突っ込んでいる。

  


Posted by 吉野父ちゃん at 09:39Comments(0)そうす亭日乗

2010年05月06日

休日返上

 連休は休まず仕事をした。福岡空港の全日空売店に、商品が並ぶようになって初めての大型連休。商品を切らさないようにしなければならない。休まず働くことは当然といえば当然なのだが、振り返ればあまりにも余裕のない人生だった。

 いつも何かに追われていた。楽しみはいつも先に延びた。退職したら、一度海外旅行をしようね、と何年も語り合ってきた。そう言い合って、どこにも行かず30年がたった。

 連休最後の夕方。玄関から賑やかな声が聞こえた。大阪からの三世代八名のお客様だった。「もったいない」をお土産に差し上げた。「ウオーッ」。歓声があがった。
 
   


Posted by 吉野父ちゃん at 15:25Comments(0)そうす亭日乗

2010年04月25日

杉村春子さんのハガキ

 資料を整理していたら、杉森春子さんから頂いた古いハガキが出てきた。

 杉村さんは広島出身。昭和12年の文学座創立に参加、女優としてはもちろんだが、指導者として多くの俳優たちを育てた。16歳の時に初舞台を踏んでから、杉村さんの歩いてきた年月は、そのまま我が国、新劇の歴史であった。
 
 ハガキは、84.8.7の日付。新宿局の消印があった。84年といえば、念願だった東京進出を果たした年で、四月には、西銀座に開店したパリ感覚が売り物の「プランタン」で、トマトドレッシングの発売を始めたばかりだった。

 ハガキにはこう書いてあった。

 「どれもおいしいソースですけど、やっぱり土佐酢が一番よろしゅうございました」

 トマトも美味しいのですが、ここはパリではありません。日本です。日本の味はカツオだしではないでしょうか? 杉村さんは、土佐酢が美味しかったといいながら、食の未来を戒められたのである。一つの道を極めた人の言葉は重い。

 

 
   


Posted by 吉野父ちゃん at 11:56Comments(0)そうす亭日乗