悪魔のソース・博多んぽん酢を新しい博多の名物にしたい。老人のかなわぬ夢でなく、夢を現実にしてみたい。脳梗塞から三度の生還。ヨレヨレ、ボロボロになりながら、果たせぬ夢を追い続ける男に、強力な助っ人が現れた。平凡だったそれまでの人生が「まさか」の出来事で、がらりと変わる。一度ならまだしも、それが二度も三度も続いた。波乱万丈だが実に、愉快だった。人生の終末期を迎えた今、またもや「まさか」の驚きである。ヒルマン監督ではないけれど、信じられな~いのだ。人生、終わり良ければすべて良しなのだが、それはまだわからない。

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2003年12月10日

賞味期限への挑戦

 鹿児島のホテルで、桜島を眺めながらこの稿を書いています。山肌が夕日に焼け、紅色に輝いて見えます。火山灰に覆われた山肌は朝夕、日を浴びるたびに赤や紫色、ベンガラ色と目まぐるしく変化しながら、旅人の目を楽しませてくれますが、今、紅色から紫色へ変わりつつあるところです。

 和食の親方(調理長)から、キビナゴの刺身用のワサビソースを頼まれたのは三年前のことでした。キビナゴは10cmにも足りないような細く、透き通るような小魚で肌の縞目がクッキリして目にも美しい鹿児島ならではの魚です。

 鹿児島では、錦江湾で獲れたこのキビナゴの刺身を、酢味噌で食べるのが昔からの慣わしで、豚骨料理とともに薩摩料理の代表選手です。このキビナゴをわさび味噌のソースで出したいというのが親方の希望でした。

 国賓や皇族の利用も多く、つい先日も天皇、皇后両陛下が宿泊されたばかり。すべての面で「完璧」が要求される。親方が示した条件はただ一つ。「ワサビは本物を使え」でした。だが、ワサビ味噌ではなく、わさび「ソース」とソースにこだわるところに、親方自身の思い入れがあるようでした。

 そして、それはそのとおりでした。親方の味はホテルの味そのものです。変なものを出すとホテル自体の評判を落とすことになります。鹿児島では、キビナゴの刺身はどこにでもあるし、惣菜料理の定番にもなっています。ありきたりの味ではなく、そこに創意工夫があり、時代の変化を感じさせる新しいなにかがある。つまり、伝統を大切にしながら、革新が求められているのです。

 我々が普段、使っている粉わさびやチューブのわさびは、本わさびを粉末にしたものだと思っている人も多いでしょうが、実はワサビ大根という野菜の粉末です。味も香りも添加物で人工的に作られた味になっています。

 本物のわさびは辛いだけではありません。辛さの中に、ほのかな甘味があり、ノドから鼻に抜ける香りはわさび特有の沢の香りがします。

 気のきいた蕎麦屋や小料理家さんでは、本わさびをおろし器とともに出してくれるところがあります。なかには、サメ皮のおろし器でさあどうぞ、という店もあります。こうした店のソバや刺身は本当に美味しいですね。今では、自分でおろしたワサビを刺身の上にチョコンとのせ、少しだけ醤油をつけて食べる食べ方がナウイと言われるようになりました。わさびの美味しさを堪能するには、ベストの方法です。醤油の中へ溶かし込むなんて、わさびが泣きます。

 泣くといえば、わさびの辛味の素である「アリルカラシ油」は揮発性なので、おろして5分もすると揮発してしまいます。香料や辛味添加剤を使えば、辛味を持続さすことは簡単ですが、天然の本わびを使うことが絶対条件ですから、本物の顔をしたニセモノをつくるわけにはいきません。

 わさびとともに、みそにもこだわりました。無添加、国産大豆、天然仕込みの九州産という条件でまず、10種類を選び、最終的に福岡、マイヅルさんの白味噌を選びました。

 キビナゴをサラダ感覚で召し上がって頂くため、ドレッシングタイプに仕上げることにしました。すべての材料が天然素材という約束事がありますので油選びにも神経を使いました。

 クセのないクレープシードオイル(ブドウの種から抽出)と太白胡麻油のどちらを使うかで迷いましたが、結局、愛知県蒲郡市の竹本油脂の「太白胡麻油」で決着しました。以前、工場を訪ね、製造工程を確かめていたことと、胡麻をナマのまま搾り、あえて香りと色を押さえ、胡麻の旨味を最大限に引き出す技術がどのメーカより優れていると判断したからです。

 わさび発祥の地は静岡です。わさびは清流でないと育たないと言われているように、きれいな水が必要です。水温や気温、日照条件など環境条件の良いことが美味しいわさびを育てる条件です。とくに、水温が大切で、年間を通して15℃前後の一定した水温が良いわさびを育てる条件になります。人間が服装で気温の変化に対応するように、わさびは、夏は冷たく、冬は暖かく感じるきれいな水で育ちます。

 九州と静岡はあまりにも遠すぎます。最終的に広島県のわさび田を選びました。福岡から高速道路を飛ばすと4時間で行けるし、一年中、品質に差異のないわさびを供給してもらえることから白羽の矢を立てました。

 わさびの辛味を持続さす方法として、砂糖や塩を使う方法があることをわさび屋さんから聞きました。親方からは、おろしたてを包丁で叩くように刻むと辛味が引き出されることも教わりました。結果的には、砂糖の浸透圧を利用することで辛味成分を引き出し、5日程度は辛味を持続さす方法を編み出しました。お客様に最高の状態で味わっていただくため、ホテル側にも協力して頂きました。

 結婚披露宴や大きなパーテイーは事前の予約で、人数も予算も決まっているわけですから、メニューもそれに合わせて組み立てることが出来ます。例えば、12月24日にクリスマスパーテイーがあるとします。わさびの風味が楽しめるのは、せいぜい5日ですから、遅くとも21日までに発注をしてもらいます。わさび家さんには、22日の午前中に収穫してもらい、午後に宅急便で出荷してもらえば23日の早朝には福岡に届きます。

 すぐ製造すれば夕方には出荷出来るので、翌日朝にはホテルに着きます。夕方からのパーテイーには悠々、間に合います。事前発注方式ならではのメリットです。この、天然わさびのみそソースは、その柔らかな辛味と風味がたちまち評判となり、今では、キビナゴの刺身だけではなく、魚や肉の焼き物にも使われるようになりました。

 ちなみに、天然わさびは円を描くように優しくゆっくりおろすのが鉄則です。細胞をより細かくすりつぶすことで、辛味成分や香りが出るからです。このわさびを芋焼酎に入れると、これが絶品です。色もきれいだし、さつまいもの甘味成分である澱粉が、わさびの辛味成分とピタリ融合。「これが焼酎か」とうなってしまいます。但し、温度が問題です。

 好みの温度は試行錯誤して会得してください。ヒントは「ぬるめの燗が良い」と申し上げておきます。

 博多んぽん酢にしろ、わさびみそのソースにしろ、素材の旨味をキチンと引き出してやれば、素材の方でそれに応えてくれます。このわさびみそのソースはゆで野菜にとてもよく合います。ブロッコリー、カブ、レンコンなど根野菜の温サラダが美味しいし、ボイルした肉厚の豚肉は、少し甘い白味噌が柔らかな辛味とともにアトを引く美味しさです。

 食べ物は採れたて、作りたてを食べるのが一番美味しいし、栄養や健康面からも理にかなっています。しかし、さまざまな事情から、日持ちを良くするための添加物が使われたものが沢山出回るようになりましたが、限られた時間の制約のなかで、それぞれが工夫すれば、こうした試みが可能になるのではないでしょうか。

 悪魔のソースは、博多というローカルな土地で生まれましたが、品質にこだわり、ローカルにしてグローバル。全国のマーケットに通用するものにしたいというのが密かな願いです。

 賞味期限3日という、超生もののソースやドレッシングを提供するにはどうしたら良いか。来春から、鹿児島で新たな試みを始めます。賞味期限3日への挑戦です。

 雨の日も風の日も、黙々と噴煙を吐き続ける桜島は「人間なんて小さい、小さい」と語りかけているようでした。  


Posted by 吉野父ちゃん at 08:00Comments(0)まさかの人生