悪魔のソース・博多んぽん酢を新しい博多の名物にしたい。老人のかなわぬ夢でなく、夢を現実にしてみたい。脳梗塞から三度の生還。ヨレヨレ、ボロボロになりながら、果たせぬ夢を追い続ける男に、強力な助っ人が現れた。平凡だったそれまでの人生が「まさか」の出来事で、がらりと変わる。一度ならまだしも、それが二度も三度も続いた。波乱万丈だが実に、愉快だった。人生の終末期を迎えた今、またもや「まさか」の驚きである。ヒルマン監督ではないけれど、信じられな~いのだ。人生、終わり良ければすべて良しなのだが、それはまだわからない。

  

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2004年11月12日

実践的ダイエット論・その1

 ダイエットを始めることにしました。またもや、脳出血で入院。半身不随になりかけたからです。入院時、66キロあった体重が、入院中の食事療法で退院時は、3キロやせて63キロになりました。初めの二ヶ月は病院で糖尿病の治療食、退院前の一ヶ月は高血圧治療食を食べました。摂取エネルギーはそれぞれ 1.600カロリー。管理栄養士がエネルギーを計算し、栄養バランスを考慮して献立を作ってくれます。問題は退院してからの家での食事だったが、病院食を食べて、量や味付け、献立構成などを自分の目と舌で覚えました。だが、細かい計算は時間もかかるし、第一、面倒くさくて、長続きはしないことが目に見えています。

 日本型の食生活を徹底して摂ることにしました。それを、よく噛んで食べるのです。ただ、それだけのこと。
 一口、30回で噛むのが目標。時間をかけてアゴを動かせば、脳を刺激するからリハビリにもなります。すべての基本は「咀嚼」から始まります。日本人には日本人にかなった食物があります。大豆、胡麻、米など穀物、海藻類、根野菜で、これは絶対なものです。

 「貴方のBMI(体格指数)は62キロだから、あと1キロ減量すること。減量するだけでは無くて、減量した体重を維持してください。減量は簡単ですが、維持することは意外に難しいですよ。ダイエットに失敗するのは、せっかくやせたのに、いつの間にか無頓着に飲んだり、食べたり。油断するからです」。栄養士さんから、エネルギー交換表や料理のレシピーがドサッと渡されました。

 退院した日の夕食は良く覚えています。煮豆といわし鍋でした。煮豆は水煮の大豆にヒジキ、ニンジン、揚げ豆腐を加え、コトコトと炊いたもので、薄味でいくら食べても飽きない味付けでした。調味料の醤油は、商品に使っている「加減醤油」にさらに、だしを加え、薄味にして塩分を抑えました。人間の味覚は、15歳ごろまでにつくられると言われます。昔食べたお袋の煮豆は、ごく淡い味で、だからいくら食べても、飽きることがなかったのでしょう。惣菜店で売っているのはむやみと濃く、しかも甘すぎます。惣菜はやはり自分の家で、その家庭独自の味付けをして食べるべきではないでしょうか。それには、その家独自の調味料があってしかるべきです。つくり置きを常時食卓に準備することにしました。出し割り醤油、酢割り醤油、八方だし、甘酢の4種類です。

 作り方をご紹介しよう。

●だし割り醤油:
材料は昆布10センチ、かつおぶしパック2袋、水2カップ。
以上の材料でまず、だしを作ります。作り方は簡単。水に昆布を入れて火にかける。沸騰する前に昆布を取り出す。沸騰したらかつおぶしをいれ、再び沸騰したら火を止めて上澄みをとる。これを、半分に煮詰め、冷ましたら醤油とあわせる。分量は1対1です。

●酢割り醤油:
醤油2、だし1、酢1。

●八方だし:
材料は醤油3カップ、酒1カップ、みりん1カップ、かつおぶし2カップ、昆布10㌢、干ししいたけ3枚。
材料を鍋に入れ、30分したら火にかけ、ひと煮たちさせ、弱火にして3分ぐらい煮たててこします。空きびんに入れて冷蔵庫へ入れておけば、半月は大丈夫。煮物、どんぶり、おしたし、麺つゆなど、和食にはなにかと便利です。

●甘酢:
酢2、砂糖1、塩小さじ1

 以上の合せ調味料が私のダイエット食の基礎調味料として、大事な役目をはたします。

 次回からは、具体的に食事内容からご紹介し、成功か、失敗か。そのプロセスをご紹介します。  


Posted by 吉野父ちゃん at 13:00Comments(0)まさかの人生

2004年11月12日

平兵衛酢(へべす)を訪ねて日向への旅

 ぽん酢の味を決めるのは柑橘酢です。
ユズ、スダチ、カボスが九州の代表的な柑橘ですが、宮崎で「平兵衛酢(へべす)」に出会ってからたちまち、その味のとりこになりました。酸味がまろやかで、ノドに優しい。酢独特、あのツーンとする刺激がない。小さな子供が酢を食べる不思議がありました。

 柑橘類が裏年だった昨年は、収穫量も少なかったが、今年は、玉なりが良く、果汁もたっぷり。近年にない出来ばえだそう。もう一つ、嬉しかったのは、鮎が豊漁らしい。香ばしく火の通った鮎に、もぎたてのへべすをかけて食べてみたい。動機はちょっと不順だったが、産地の日向市を訪ねたのは夏の終わりでした。
 三月に脳出血で倒れてから、病院暮らしが続いていたが、心に染み入るような味な旅になりました。

 市役所で、助役代行の黒木久典氏に生産状況を聞きました。謹厳実直そうな表情だが、眼が笑っている。へべすのことを話すのが、楽しくて仕方がないといった表情です。
「今年は豊作です。何度か台風が来たのに、珍しく被害がありませんでした。みかんやぶどう、梨も助かりました。ただ、野菜は全滅です。台風に弱いへべすやみかんは風の方で避けてくれたようです」。

 へべす畑へ向かいました。案内されたのは見晴らしのいい高台の畑。車のドアを開けると潮風に土の匂いが混ざっています。振り返って見ると、眼下は黒潮躍る日向灘。日当たり抜群で、柑橘の生育には絶好の土地柄です。鮮やかな緑の枝をかき分けながら畑に入りました。ゴルフボールより少し大き目のへべすは、はちきれんばかり。ナイフを入れるとしぶきが飛びました。

 夕方、日向市から延岡市へ向かいました。五ヶ瀬川沿いのホテルへ。部屋の窓から眺める川は水量が豊かで、流れは悠々として風格さえ感じます。五ヶ瀬川というのは、上流の高千穂町から、下流の延岡市まで、五つの瀬があることからで、鮎の友釣りが有名。解禁日には全国から太公望が集まるそうです。

 夜は念のため、へべすを三つ、ポケットに忍ばせました。宮崎でも、へべすを知らない人がいると言われるぐらいだから、へべすを知らない板前がいるかも知れない。そんな心配をしたのです。へべすは、江戸時代に、平兵衛というお爺さんが、山で自生しているのを見つけ、育てたのが始まり。日向市、東郷町、門川町の三つの市町村だけで細々栽培され、外部に出ませんでした。へべすがユズやカボスに比べ、メジャーになれなかった理由です。

 大事に持ち帰ったへべすで作った博多んぽん酢は、お客様に喜んでもらいました。京都市右京区から頂いた岩崎有希子さんのお便りには「さっそく、豚しゃぶをしました。一番搾りは初めてだが、まろやかで一層、美味しく頂きました」と書いてありました。

 大阪・平野区の村山雅子さんは「大阪に嫁いで20年になります。初めての味に懐かしい故郷を思い出しました」と書いてくださいました。お客様の顔は知らないが、想像する楽しさ。一刻値千金のひとときであります。  


Posted by 吉野父ちゃん at 12:00Comments(0)まさかの人生