悪魔のソース・博多んぽん酢を新しい博多の名物にしたい。老人のかなわぬ夢でなく、夢を現実にしてみたい。脳梗塞から三度の生還。ヨレヨレ、ボロボロになりながら、果たせぬ夢を追い続ける男に、強力な助っ人が現れた。平凡だったそれまでの人生が「まさか」の出来事で、がらりと変わる。一度ならまだしも、それが二度も三度も続いた。波乱万丈だが実に、愉快だった。人生の終末期を迎えた今、またもや「まさか」の驚きである。ヒルマン監督ではないけれど、信じられな~いのだ。人生、終わり良ければすべて良しなのだが、それはまだわからない。

  

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2009年10月25日

今週の出来事 11.19~11.25

 博多の水炊きは、白く濁ったスープに独特の味を秘めている。

 吟味した若鳥を舌先でとろけるほど煮込み、豆腐、春菊、白菜、白ネギなど旬のものをあしらう。煮立ったら、ぽん酢にくぐらせて食べる。この水炊きは、今や博多料理の代名詞にまでなっている。この元祖が「水月」(福岡市中央区平尾3-16-14、☎092-5531-0031)である。創業は明治38年。中国から長崎に伝わったシッポク料理を、博多っ子の舌に調和させたものだった。

 シッポクとは、卓袱と書く。中国語の発音でシッポクとなる。言うなれば食卓のことである。一つの鍋を囲んで食べる習慣は中国伝来のもので、家族的な温かさと楽しさがある。 我が家でも、しばしば登場するが、このスープの取り方が難しい。とろけるような味が出ないのだ。

 先日、デパ地下をぶらついていて、缶詰の鶏肉濃厚スープを見つけ買い求めた。骨付き肉も少量だが入っていた。商品名はそのものズバリ。「かしわ水たき」。これは良かった。濃厚なスープを土鍋に移して二倍に薄め、煮立てるだけ。ウソ偽りのない美味しさである。発売元は、福岡市南区清水4-7 ☎092-552-1000。
 
 最近は、一流メーカーだからといって安心できない。一流だからこそ、安心ならないのである。そういう時代になっちまった。
   


Posted by 吉野父ちゃん at 11:30Comments(0)うまい話・食えない話

2009年10月18日

今週の出来事 10・12~10・18

 秋風が立ち始めると気が滅入る。冬の前触れを感じるからだが、一つだけ嬉しいことがあって、それは鍋のシーズンが始まるからだ。西日本一の歓楽街である福岡・中州のど真ん中。交番の前に「右こん」という割烹があった。神戸から転勤して来た日の夜、初めて食べたのが「いわし鍋」。ショウガと大根おろしの入ったぽん酢にくぐらせて食べた。そのぽん酢が、ボクの生活を支えることになるとは夢にも思わぬことだった。

 野村監督に一面識もないが、「ノムさん」はボクの心の中にずっとあった。
 昭和38年春、滋賀県大津市の新聞社支局に赴任した。担当したのは琵琶湖西岸と延暦寺だった。行政区画上、比叡山は山頂が京都市、延暦寺は大津市にあった。入社したばかりの新米記者は、宗教記事を書く気などサラサラない。生半可な人間に書けるはずもない。
 でも、新米だから書ける話がある。なにも知らないということは新米の財産である。知らないからこそ聞くのだ。時には頓珍漢を聞くことがあるだろう。正確な記事を書くのはボクの義務だが、それを誤らせぬようにするのは寺側の責任である。一つ一つの積み重ねが財産を増やすのです。無茶苦茶言って宗教の世界に飛び込んだ。
 
 ある日。野村の話を聞いた。
 
 京都の田舎の高校で、野球をやったが芽がでない。南海ホークスにテスト生で拾って貰ってから、道が開き始めた。苦しいとき、迷いが生じると仏に会いに来るのだが、見るたびに大きくなる姿に驚く。大器晩成とは彼のためにある。

 比叡山には、悩みを抱える人々が上ってくる。知られていないが、芸能、政界、財界の超有名人たちが多い。僧侶になった人もいる。瀬戸内寂聴さんもその一人だ。

 組織の一員として、庇護された世界に身を置くものにとって、正直、ノムさんのような生き方が羨ましかった。結局、ノムさんとはすれ違いのままだが、ノムさんはその僧の予言通り、大輪の花を咲かせた。
 
 ノムさんの、野球人生のすべてを賭けた戦いが始まる。  


Posted by 吉野父ちゃん at 13:08Comments(0)

2009年10月12日

今週の出来事 10・5~10・11

 
 「博多んぽん酢」は福岡の南の郊外、太宰府市というところにある。太宰府天満宮で全国的に知られているが、国立博物館ができてから、観光客が倍増した。とくに、日曜、祭日には大混雑する。せっかく予約して貰ったのに、渋滞を脱け出されずにあきらめる人が続出する。

 退院してから二ヵ月近くが経過した。救急病院は、病状が安定すると転院か退院しなければならない。
主治医は、現在通院中のリハビリ専門病院への転院を勧めてくれた。キッパリ御断りした。一日中、病院のベットで過ごすより、自宅から通院する方が回復が早いと判断した。家人と衝突することがあるかも知れないが、痒いところに手が届く。入院中のストレスよりず~っと良いのである。

 両手でステッキを突いて現れた病人に

 病は気からというが、それにしても・・・と絶句。こまめに水分補給してくださいね。最低でも一日2㍑、睡眠を十分に。酒の飲みすぎはダメですよ。
 
 血液検査、エコーによる動脈検査、MRA検査、24時間心電図。いろいろやったが、それでも繰り返してしまう。なぜだ。怖い現実だ。

  


Posted by 吉野父ちゃん at 18:06Comments(0)そうす亭日乗

2009年10月04日

今日の出来事・鰹節廃液

 生きていてよかったと思うのは、今朝のように良く晴れて、澄み切った空気を胸いっぱい吸った時だ。
 背筋に一本、棒のようなものが通った感じがする。やる気になる。力が湧くのだ。
 
 地球温暖化京都会議が開かれたのは平成10年。この年の3月。鹿児島大学で、「大地・食・人間の健康を保全する環境革命への試行」をテーマーに研究発表会が開かれた。私が参加したのは、焼酎廃液と鰹節廃液
の部会。その時の資料を取り出し、改めて目を通す。

 鰹節は、創業以来の最重要課題だが、この11年間は、「だし」としてではなく、廃液に含まれる物質に注目している。この廃液とは無関係だが、その一つの成果が、ホテル向けに供給を始めたばかりの「アゴだし」である。

 一般のお客様への商品内容はどうするか。基本はこれで良いとして、中味(美味しさ)と価格のバランスをどう取るか。先日来、製造に直接携わった元パートさんたちに試食してもらっている。急ぐことはない。あごも鰹も椎茸も、永遠のテーマなのだ。いろいろな意見を集約して優れたものにする。  


Posted by 吉野父ちゃん at 12:57Comments(0)そうす亭日乗