悪魔のソース・博多んぽん酢を新しい博多の名物にしたい。老人のかなわぬ夢でなく、夢を現実にしてみたい。脳梗塞から三度の生還。ヨレヨレ、ボロボロになりながら、果たせぬ夢を追い続ける男に、強力な助っ人が現れた。平凡だったそれまでの人生が「まさか」の出来事で、がらりと変わる。一度ならまだしも、それが二度も三度も続いた。波乱万丈だが実に、愉快だった。人生の終末期を迎えた今、またもや「まさか」の驚きである。ヒルマン監督ではないけれど、信じられな~いのだ。人生、終わり良ければすべて良しなのだが、それはまだわからない。

  

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2010年06月25日

悪魔のソースは健在です。

 しばらくブログを休んでいたので、最近の出来事を報告します。
 
 鹿児島へ行ってきました。鹿児島三越が撤退して一年近く、地元の不動産会社が商業ビルをオープンさせたのでそれを見学するのが目的。地下の食品売り場には、関西を中心に首都圏にも出店を加速させる高級スーパ-の九州一号店があった。二号店は、激戦が続く福岡天神にオープーンした。両店とも、コンビニを少し大きくした程度だが、商品の一つ一つが良く吟味されたものばかり。「さすがだな」と、久しぶり思った。来年三月には、九州新幹線が全線開通。博多~鹿児島が一時間半で結ばれる。桜島の爆発は活発で、昨年の爆発回数をすでに上回ったそうだ。
 城山観光ホテルを訪ねる。取引の窓口である購買課で人事異動があったのでご挨拶。料理長ともゆっくり話が出来たのはなによりの収穫だった。宴会料理に使うソースについて、具体的な要望を聴かせてもらう。

 福岡市や北九州市のこだわりスーパーから、取引依頼の要望がいくつかある。
 いずれも「お客様のご要望で・・・」というもの。そのうちの一つ、博多港のベーサイドプレスで昨日から博多んぽん酢の発売が始まった。韓国と福岡を結ぶ大型フェリーや、壱岐・対馬への高速船など海の玄関口である。
 空の玄関口である福岡空港も好調である。全日空商事の売店の片隅に置いてもらうようになって一年。一日に二本とか三本とかだが、着実に売れている。一本を笑ってはいけないのである。

 先日はこういうことがあった。
 トマトドレッシングが一本というメール注文があった。一本だけというのは、荷姿の関係で送りづらい。二本にして頂けませんかというのがこちらのお願い。発注メールを手掛かりに電話した相手は、香辛料メーカーの開発本部本部だった。
 「うちでもトマトドレをやることになりまして、分析用にお願いしました」だって。
 同じようなことは前にもあった。こちらの方は、食品・健康の総合大メーカー。ラベルがなければ、どっちがどっちなのか解らない出来栄えにビックリした。
 一つの提案だが、銘々、自慢の一本を持ち寄り共同販売してみたら。一番喜ぶのは消費者ですよ。

 先日のテレビ放送は本当に有難いものだった。私たち夫婦の歩んで来た道、これから進むべき道を示してくれた。ありがとうございました。  


Posted by 吉野父ちゃん at 11:06Comments(0)そうす亭日乗

2010年06月03日

悪魔のソースの復活なるか

 食品問屋の人が来て、言うことには
 「高級スーパーと生協から、悪魔のソースの引き合いがある。どうでしょう、取引できませんか?」
 消費不況の昨今、嬉しい話だ。
 
 「ああ、いいですとも」
 と即座に応じた。この種の話は、過去何度もあった。実際に取引が成立して、商品が並び始めた。ところが、長続きしなかった。いつの間にやら、消滅したのである。なぜなのか。どんな商品にもつけられるようになった、あのバーコードのためだ。あれで、日々の売上が即座に見えるようになってしまったため、熱烈なフアンがいても、少数でたまにしか売れないようなものは、抹殺されたのだ。
 
 国民皆中流の食生活ができたのは、昭和30年代以降、神武景気という経済成長のステップを踏んでからの事である。インスタント食品が一般化した時代で、極論すれば、インスタントが食品が家庭の味を作ったのだ。これが、日本人をだめにした。

 私が今、手がけているものは図抜けたものではない。昔は、どこの家にもあったものである。それを、時代に合わせて調理法や味付けを変えている。人々の嗜好はどんどん変わっていく。時代に合わせて、一番旨いを提供すれば良い。

 先日のテレビ出演は、改めてそのことを教えてくれた。
 
 
 
   


Posted by 吉野父ちゃん at 07:55Comments(0)まさかの人生